■日程■ 2005/7/27-30 |
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■距離■ @30.6km A32.0km B32.8km C21.1km |
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■同行者■ なし |
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■交通■ [行き] JR前空下車 [帰り] 祝島から定期船 |
3日目。油宇を7時前に出発。屋代島は、くびれた湾が続くので、岸沿いに漕いだら、大きく遠回りすることになってしまいます。なるべく距離を稼ぎたかったので、岬を直線で結ぶように、最短距離で漕ぎました。沖家室島の橋の下で休憩していると、賑やかな集団が通りかかりました。広島から知的障害者の人達が、合宿に来ていたのです。皆さん、元気に手を振って、見送ってくれました。
秋の集落に寄りますが、ほとんど店がなく、自販機で缶ジュースだけ買って出発。船の多く通る海峡をどうにか渡り、対岸に着いたところでキャンプ。途中で採取した、カメノテの塩ゆでを肴にカップ酒を一人で飲んで酔っ払っていました。この周辺は、大型船の往来が多く、夜中もうるさくて寝られないほどでした。
4日目の最終日。途中、少し大きな町の室津によって、原田水産で「むろつのてんぷら」を購入。長島最後の集落の四代(左写真)で上陸して、ご飯を炊き、てんぷらとフライを乗せて、醤油をかけて食べました。カヤックの旅では、こういう単純なものを、がつがつ食うのが旨いのです。
四代を過ぎると、とうとう祝島が見えてきました。100km旅もあとわずかで終わり。なんとも感慨深いものです。しかし、祝島に渡る前に、ひとつしなければならないことがありました。長島の西部の湾に侵入。海上にはボーリング調査用のやぐら。広くて美しい砂浜には、隣接して、中国電力の看板と厳重な柵。ここは、上関原発の予定地なのです。もしかしたら、最後になるかもしれないこの光景。写真をたくさん撮り、砂浜を踏み締め、この地を訪れた感覚をしっかり頭と体に記憶させました。
大都市広島から、のろまな手漕ぎの小舟でわずか4日。ここに原発を作るのはなぜ? 事故が起これば、広島や山口はもちろん、中国、四国、九州地方の多くの地域で、人は住めなくなります。施設ができるだけでも、かろうじて残された貴重な自然は、大きくダメージを受けるのは間違いありません。今、祝島では、島をあげて上関原発反対運動が展開されています。多くの人に、この計画のことを知ってもらい、その是非を考えてもらいたいと思います。
いよいよ、最終目的地の祝島へ。途中、漁から帰る漁船に追い越されましたが、その一隻が近付いてきて、「引っ張ってやろうかー」と声をかけてくれるのです。もちろん、引っ張られるのはかえって危ないので、お断りしましたが、こんな風に漁師さんに話しかけられるのは初めての経験です。早くも情に厚い祝島の人に出会えたことで、嬉しくなりました。
集落の南東部の浜でキャンプ。翌日は早朝から雨。雨足はどんどん強くなり、土砂降りに。フライシートをかけたメッシュテントの中は、涼しくて快適だったので、ごろごろしていると、木村先生が心配して声をかけに来てくれました。船の時間まで暇だったので、木村先生の自宅におじゃまし、しばらくおしゃべり。そうしているうちに雨もやんだので、島を散歩してからカヤックの撤収をし、昼の定期船で柳井港へ向かいました。途中で、スナメリクジラが泳いでいるのを目撃。できればカヤックから見たかったのですが、最後に姿を見せてくれたのは嬉しかったです。
この4日間、朝は6〜7時頃に出艇し、到着は夕方6時頃。上陸している時間を差し引いても、一日8時間ぐらいはカヤックの上で漂っていたことになります。このサイトの趣旨としては、ちょっと漕ぎすぎた感もありますが、充実した良い旅ができました。是非また祝島に訪れて、知り合った人達と一緒に漕いでみたいものです。
<関連リンク>
祝島ホームページ
おらがホームページ
ダイドックオーシャンカヤックス&アドベンチャー