旅の記録63 紀伊水道横断

■日程■
2008/04/12
■距離■
33.2km
■同行者■
ガイド1 客1
■交通■
[行き]
御坊からタクシー
[帰り]
車で送迎


 「紀伊水道横断30km」、ある程度漕ぎ方を覚えたシーカヤッカーなら、一度は夢に見るコースだと思います。太平洋のうねりと、瀬戸内の潮流がぶつかるフィールド。日本全体の中でも、最大の難所のひとつであることは間違いないでしょう。当然、エスケープする場所はなく、南へ流されたら、太平洋ひとりぼっち。一人で漕ぐほどの度胸はありませんが、いつかはチャレンジしたいと思い続けていました。そんなところへ、クーランマランのサイトでツアーの告知。これは、参加するしかないでしょう。
 前日は、仕事を終えてから、電車で御坊まで行き、タクシーで産湯へ。10:30PM頃着。ガイドの杉本さんと落ち合って、カフナとテントを組み立てました。その後、日が変わってから参加者のSさんも到着。明日はゆっくり出発しようと話をしてから就寝しました。

 しかし、翌朝は6AM頃には、テントをたたむ音。杉本さん曰く、「起きちゃったから」。これがクーランマランのペースです。
 天気予報は、やや強い北の風。前日の予報よりも吹きそうですが、この時期に紀伊水道を漕げる状況になったのは、稀と言っていいほどの幸運です。
 今回のウェアは、ドライスーツを使いました。暑過ぎるかもしれないと心配していましたが、結果的には強い風と波しぶきにさらされ続けたので、ちょうど良いぐらいの体感気温でした。水温はまだ低く、漂流する可能性もないとは言えないので、着ていれば安心感は増します。
 7:20AM 準備が整い、いよいよ四国を目指して3人で出艇。ものの15分も経たないうちに、他の2人とは、どんどん距離を離されてしまいました。Sさんは私より圧倒的に速いペースで、先頭を突き進んで行きます。無理に追い付こうと思っても、体力が続かないので、マイペースで漕ぐことに決め込みました。
 その後、船首に付けてあるロープの固定を忘れていて、水面を引きずっているのに気が付きました。ロープとは言え、多少抵抗になるので、引き上げたかったのですが、少々波もあったので、うまく引き寄せられず、しばらくそのまま漕ぐことにしました。
 紀伊水道は、大型船の航路になっているので、頻繁に船が通ります。今回のルートのあたりは海峡の幅が広いので、少し進路を気を付ければ、接近し過ぎることはありませんでした。

 10:30AM 出艇後約3時間。これだけの時間、上陸なしで漕いだのは、おそらく初めてでしょう。かなり足のしびれがひどくなってきました。ラダーを操作するためのペダルの位置の調整がやや短めだったようで、姿勢に無理がかかっていたのです。そのままではつらくなってきたので、いろいろポジションを変えてみたところ、足をペダルから離して前に伸ばすと非常に楽になります。しかしそうなると、踏ん張れないので、力が十分出ませんし、腰や腕への負担も増えます。それに、横風ではカヤックが風上に向かう力が働くので、進路を保てません。そこで、ペダルに足をかけたり、伸ばしたりを繰り返しながら漕いでいました。これが、後にとんでもないトラブルの原因になります。

 11:30AM 出艇後約4時間。ようやく伊島が近くに見えてきました。2人は相変わらず、はるかに先です。杉本さんは目立つオレンジのジャケットを着ていてくれたので見つけやすいですが、Sさんの姿はほとんど見えません。もう、追い付く努力は放棄し、パンを取り出してランチ休憩。波はそれほど高くないですが、たまに1mを超える波が立ち、肩ぐらいまで水がかかります。パドルを離していると、転覆の可能性もあるので、風上から来る波には気を抜けませんでした。

 ここでトラブル発生。ラダーの左ペダルが利かなくなり、右に向いたまま動かなくなってしまったのです(写真は後で撮ったもの)。後で分かったことですが、ラダーのワイヤーとペダルを固定しているねじが外れていたのです。おそらく、足を伸ばしている時に、足の甲がねじと接触し、徐々にゆるんできたものと思います。笛を吹いて、杉本さんに来てもらいましたが、海上では成す術なし。ラダーを上げて、漕ぎ始めますが、強い横風でカヤックが右を向いてしまうので、右2回スウィープ、左1回漕ぎの繰り返しで、何とか進路を保ちます。ペースはさらにダウン。

 12:50PM 出艇後約5時間半。ようやく伊島の横まで来ました。このとき、突然右腕の筋肉に痺れが走りました。右ばかり強く漕いでいるので、負担が大きくなっていたようです。腕を伸ばして、軽くマッサージしたら、痺れは治まったので、そのまま続行。
 この時ほど、ラダーの必要性を痛感したことはありませんでした。外洋の風と波の中、技術だけでカヤックをコントロールするのは、相当難しく、長距離になると大きなストレスになってきます。
 いったん3人で集合した後、伊島から蒲生田岬に向けて出発。杉本さんからは、「このままではまずいので、ペースアップして風上に漕いで下さい」という指示。それほど流されている感覚はなかったですし、風は問題なく漕ぎ上がれる程度だったので、半信半疑に思いながらも、かなり風上方向に漕ぎ始めました。少し経って振り向くと、杉本さんらは、はるか風下方向に進んでいるのです。私が風上に漕ぎ過ぎている? 状況が良く分からず、少し風下に進路を変えて、杉本さんを追うことにしました。後から思えば、そのまま風上に漕ぐべきだったのですが……

 この後、杉本さんは猛烈にペースアップして(追記:ご本人によると同じペースだったそうです)、一気に蒲生田岬の方に進んで行ってしまいました。「一人で漕ぐためにツアーに参加しているんじゃないのに!」と独り言で悪態つきながら、疲れた腕としびれた足に鞭打って、スローペースで杉本さんの姿を目指して漕いでいました。
 2PM 出艇後約6時間半。蒲生田岬がだいぶ近付いてきた頃、自分の位置がかなり南寄りになっていることに気が付きました。流されている! 風はそれほど大したことはないので、潮の流れです。ともかく、蒲生田岬までたどり着かなければと漕いで行きますが、どんどん流され、岬の南側まで引きずられてしまいました。そこから、真北に向かって漕ぎ上がろうとしますが、海流が相当速く、北風も加わっているので、トップスピードに近い力で漕いでも、じわじわと進む程度。岬は目の前でしたが、ほんの数百mを漕ぐのに必死でした。

 幸いにも、かろうじて進める程度の流れで、体力も温存してあったので、岬の北側の浜に上がることができました。2:30PM 到着。7時間を越える紀伊水道横断は、どうにか無事に終えることができました。
 潮流は事前に調べてあったのですが、今回のルートは鳴門海峡よりかなり離れていて、幅も広いので、気にしなくても良いだろうと高をくくっていました。実際、最後の30分を除けば、ほとんど流されてはいなかったと思います。(追記:杉本さんによると、伊島までの段階でもかなり流されていたそうです。実際、最初から20-30度風上に漕いでいました。)
 この日の潮流予測では、ちょうど到着前の2時頃から、南向きの流れが強くなっていました。伊島と蒲生田岬の間は、水深が浅くて流れが速まりやすい地形です。鳴門海峡から出た流れが当たる位置でもあります。さらに、北風による表層流れも加わって、相当早い流れが発生したということだったようです。
 最大の間違いが、遠くに見える杉本さんを追うように漕いでしまったことです。先にいる人は既に流されているので、それを追いかけると、ずっと下流に向かうことになってしまうのです。後で考えれば当たり前ですが、その時はそんなに流れが速いとは想定外……
 同じ30kmを漕ぐのでも、沿岸と横断は全く別物だと痛感しました。沿岸なら、何らかのトラブルがあっても、上陸して修理や調整ができますが、横断ではそのまま漕ぎ続けるしかありません。普段なら大して気にしない程度の、体や器材の不調でも、時間が経つにつれて増幅されていき、後で大きな問題になっていきます。
 いろいろ反省点の多いツーリングでしたが、幾多のトラブルを乗り越え、どうにか自力で漕ぎ切ったのは、いい経験になりました。次の機会があれば、もう少し上手くやりたいものです。